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年収1,300万以上・マネージャーまで上がっても、サラリーマンは会社の駒だった【出口戦略を考える】

2026年8月30日

現在の役職はマネージャー(課長職)。

給与は上がったが、その分責任範囲が増え、裁量も大して変わっていないことから、役職が付いたからといって所詮は会社のただの「駒」に過ぎないことを最近になってより一層自覚するようになった。

このままだと会社の「駒」として搾取され続け、人生の貴重な時間を費やしてしまうことになるので、出口戦略をしっかり考えていくべきということで解説をしていきたい。

目次

マネージャー(課長職)になって、より一層自覚したこと

俺の場合は日系大手SIのエンジニアから外資ITコンサルに転職し、その後マネージャーに昇進した流れ。
激務となることが多いコンサル業界において、転職組としてはそこそこ順当にプロモーションしたが、だからといって良い方向に何かが大きく変わったことはない。

中間管理職ならではの仕事は増えるし、尊厳はさらに無くなったとさえ思える。

責任範囲は増えるが、裁量は大して変わらない

担当領域における品質や人の育成・管理、またはクライアントとの関係構築・合意形成など、任せられる範囲は単純に増える。

かといって、裁量は大して変わっておらず、すでに決められた無謀なスケジュールをもとに新人・派遣の大量投入でチーム編成もある程度決められた状態で、育成も兼ねて「はい、やってね」と丸投げされる。

尊敬できる上司もいない。何かを教えてくれるわけでも、キャリアを一緒に考えてくれるわけでもない。プロジェクトの規模の影響もあるが、基本的にずっと放置されている。

「超便利な駒」として扱われていく

これは世の中の多くの人が感じていると思うが、優秀な人はより便利な組織の駒として扱われるだけである。

俺に関して言えば決して優秀ではないが、これまで積み上げたSIのデリバリー実績をもとに「勝手に品質高く、サポートなしに案件回してくれる飛車駒のような存在」という位置付けに思われている。

だから求められていることははっきりしていて、案件のデリバリーを、高い品質で、確実に回すこと。

この超便利な駒が壊れずに回っているうちは、基本放置である。

これは正しい評価で、会社から見れば俺は「置いておけばきちんと回る駒」であって、それ以上でもそれ以下でもない。役職は、その評価に付いてきたただのラベルである。

変わったのは、年収だけ

年収は1,300万以上(一度昇給あり)。昇進して得られた唯一のメリットはこれだけ。良かったね。

サラリーマンが構造的に「会社の駒」である理由

構造的には当たり前の話も一応しておく。
サラリーマンという仕組みそのものが、そもそも組織の「駒」になるような設計になっている。

① 意思決定権を持っていない

サラリーマンが持っているのは「与えられた枠の中での決定権」であって、枠そのものを決める権利は基本的にない。

社長や役員などに登り詰めれば話は変わるかもしれないが、中間管理職では当然その権限はない。
右向けと言われれば右を向くし、左向けと言われれば左を向くだけ。

② 時間の所有権が自分にない

サラリーマンは一生タイムリッチになることはない。

人生で最も体力と集中力がある時間帯を、20代から60代まで、他人の目的のために使う契約を結んでいる。給与はその対価として支払われているだけであり、年収が上がればマネーリッチにはなるが、決してタイムリッチになることはない。

③ 評価軸は自分で決められない

何が「良い成果」なのかを決めているのは当然自分ではなく、偉いおじさんたち。

コンサルの場合でいうと、クライアントからの評価、偉いおじさんたちからの評価が全てであり、プロジェクト全体に関わるような調整(要はおじさんたちに気に入られること)などがよく評価される。

会社に「収入(稼ぐ力)」を預けている状態は一生労働から解放されない

収入の依存先が一つであることが、一番のリスク

これは「働き方の自由を得る」という観点でいえば、収入源が会社だけに依存していることは間違いなく一番のリスクになり得る。

失業や倒産の話ではなく、会社が潰れなくても、リストラに遭わなくても、順調に働き続けていたとしても、その状態(収入が会社だけ)にいる限り自由は手に入らない、という話だ。

働き方の自由は、4つの層に分かれる

「働き方の自由」は以下の4つで定義できると思っている。

  • 場所の自由 —— どこで働くか
  • 時間の自由 —— いつ、どれだけ働くか
  • 相手の自由 —— 誰と働くか、誰の依頼を断るか
  • 内容の自由 —— 何をやるか

会社員でいる限り、これらはすべて自分で決めることができない。
朝目覚ましで決まった時間に起きなきゃいけないし、嫌なヤツとも働かなければならない。出社だって本来はしたくない。

深夜まで働いても納得のいく仕事なら人は壊れないかもしれないが、この4つの自由が効かないと、納得できない仕事は定時で帰っても削られていく。

評価されるほど、自由から遠ざかる

もっと厄介なことが、社内で評価を得れば得るほど、会社とはより密接になっていき、自由からは遠ざかる。

重要な案件を任され、育成や案件獲得なども担当し、要は全部やれである。会社の側から見れば理想的な人材だが、本人の側から見れば、抜けられない度合いが上がっているだけだ。

会社に深く食い込むほど社内での価値は上がり、そのぶん動けなくなる。頑張った結果として自由が減っていくという構造がこれだ。

だから、収入の依存先が一つしかない状態は、「自由」から一番遠のいてしまう状態でもある。

出口設計:だからこそ、会社抜きで稼げるマネーマシンをつくる

別の収入があれば、会社への依存度はぐっと下がる。

会社以外から一円でも入ってくるようになると、給料が「唯一の生命線」から「収入のひとつ」に変わる。この認識の変化は、実際の金額よりずっと早く効いてくる。

俺の場合、その手段の一つがやっぱり株式投資だった。
労働以外で自動的に得られる資産収入を確保すること。

もちろん元本が保証されるものではないし、短期で結果が出るものでもない。ただ、会社にいるうちに始められて、初期コストも低い、かつストック収入になり得るという点では、株式投資が最適解だった。

別に不動産でもアプリ開発やアフィリエイトでも何でも良い。とにかく、会社の給料以外に入ってくる入り口を一つでも作っておくこと。それが出口戦略の第一歩になる。

会社に依存している時期こそ、土台を作る時期

矛盾しているようだが、依存から抜けるための資本は、会社に依存している時期にしか作れない。

毎月決まった日に決まった金額が入ってくる状態は、積み上げ期間にとって最良の環境で、会社を辞めてから自由の土台を作ろうとすると、順番が逆になる。

俺の実際の設計:育休を実験期間として使う

俺は2026年11月から、有休と組み合わせて1年近くの育休を取得する予定だ。

この期間を、単なる休みではなく出口の実験期間として設けることにしている。

その一つがブログでもあり、最終的な結果を見て復職するか退職するかは決めていく予定だ。

判断軸も先に決めてある。

  • 副業収益が月20万円を超えたら → 退職してサイドFIREを本格的に検討する
  • 超えなかったら → 復職して、原資を積みながら次を考える

別に失敗してもコストがほぼゼロなので、やらない理由がない。

当然育休中は雇用関係が続いているので、副業がうまくいかなくても、期間が終われば本業に戻れば良いだけ。つまり「ゼロから事業を立ち上げる」という本来リスクの高い挑戦を、セーフティネット付きで実行できる。

おそらく人生で唯一の期間なので、育休は最大限有効活用する。

俺が会社を辞める条件

俺の場合、会社を辞める条件としては、「お金を気にせず、働き方の自由(場所、時間、相手、内容の自由)を得ること」と定義している。

逆に言えば、年収がいくら上がろうと役職がいくつ上がろうと、この4つが手に入らない限り、会社に残り続ける理由にはならない。

必ずしもサラリーマンを辞める必要はない

ここまで会社を辞めることを前提に語ってきたけど、最後に言っておきたいのは、別に必ずしも退職を目指す必要はないということだ。

そのメリットもまとめておきたい。

別の収入源が作り出す「いつ辞めてもいい」状態は、仕事そのものを強くする

いつ辞めてもいい状態をつくれると、「断れる力」が格段に上がる。

この状態は、まず心理的なプレッシャーが外れる。よく見せようとか、うまくやらないと、みたいなことを考える必要がなくなる。評価という人参をぶら下げられてもしがみつく必要がなくなるからだ。

この精神状態になると、上司の理不尽な指示にも意見できるようになる。無理な納期を無理だと言える。会議で本当に正しいと思うことを言える。以前なら飲んでいたものを、飲まずに済ませられる。

そして皮肉なことに、そうやって強気でいられるようになったほうが、社内での評価はむしろ上がりやすくなる場合もある。保身のために歪められていない意見は、単純に精度が高いからだ。

サラリーマンだからこそ得られる社会的信用・精神的安定

サラリーマンはもちろん多くのメリットがある。
安定したキャッシュフロー、社会的信用、社会保険の負担軽減、社会的な人とのつながりなど。

FIREに踏み切れない人の多くはこのキャッシュフローが手放せなかったり、社会とのつながりがなくなり、孤独が耐えられないなどの話はよく聞く。

(その分、人生の時間の大半を自由の利かない「労働」に縛られるという特大デメリットもハッピーセットにはなるわけだが)

会社を辞めたら、ただのおじさんになる

会社を辞めるとただの無職のおじさんになる。年収も役職も高いのに、外に出た瞬間ただの人になる。

会社に帰属して生きているわけだから、当然である。

どれだけ登り詰め、権力を得てもやめればただのおじさん。会社を出た後という意味では、それは俺だけの話ではなく、ソルジャー(社畜性の極み)として戦い続けてきた社長でも役員でも同じだろう。

他でも通用する結晶性知性(これまで会社内で培ってきたノウハウ・マネジメントスキルなど)は財産になるケースもあるが、会社依存なしに一からこれまでと同等レベルの稼ぐ力を維持することは難しくなる。

まとめ

年収1,300万を超え、マネージャーまで上がって分かったことを出口戦略の観点でまとめてみた。
改めてポイントをまとめると以下の通り。

ポイント

 

  • マネージャーになっても責任範囲が増えるだけで、裁量は大して変わらない
  • 優秀と評価されるほど「便利な駒」として扱われ、基本は放置される
  • サラリーマンは構造的に「意思決定権・時間・評価軸」を持てない設計になっている
  • 働き方の自由は「場所・時間・相手・内容」の4つ。会社員でいる限り、すべて自分で決められない
  • 社内で評価されるほど会社と密接になり、自由からはむしろ遠ざかる
  • 依存から抜けるための原資は、会社に依存している時期にしか作れない
  • 辞める必要はない。「いつ辞めてもいい」状態そのものが、本業のパフォーマンスも上げてくれる

役職も年収も確かに上がったし、サラリーマンという仕組みが持つ安定性や社会的信用も、それはそれで価値がある。

ただ、その先に「働き方の自由」があるかというと、これは完全に別の話で、むしろ登れば登るほど遠ざかっていくというのが、実際に上がってみた率直な感想である。

だからこそ出口を用意しておくことは重要だよねという話なんだけど、必ずしも会社を辞めることを推奨しているわけではない。「辞めてもいい」という状態を持ったうえで働き続けるという選択肢も当然あるし、むしろその状態のほうが健全に働けると思っている。

重要なのは、辞めるか辞めないかを自分で選べるかどうかであって、その選択権を持つための準備は、会社に守られている今のうちにしか始められないということ。

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